ロックと能楽と散歩

「バカらしくも愛しき この世界」 日常と非日常

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ロックとの出会いとロックスター

卒業論文の内容で芸能を対比するにあたり、「能楽」は限定できるが「ロック」を限定するのは難しい。

 

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それは、暮らしてきた環境や世代により「ロック」と聞いて思い浮かべるバンドや人物が違うから。

ちなみに、「ロックとは」と思い辞書で引くと「ロックンロールの流れをくむ強いビートを特徴とするポピュラー音楽。電気的に増幅した大量サウンド」とあった。ポピュラー音楽とは、クラシック音楽、伝統的な民族音楽ではないもの。リズムが重要でありジャズ・ロック・ラテンの3つのジャンルに系統できると文献にあった。

 

ちなみに、「ロックの代表は誰か?」と思い数名の友人に尋ねたら、案の定みなさん異なる人物の名前を挙げた。

 

ロックとの出会い

私とロックの出会いは、いつ頃であっただろう。

だぶん中学生の頃だったろうか。小学生頃に見た歌番組でも耳にしていたかもしれない。

これはロックだと意識し衝撃を受け、影響されたのはX JAPANからだったと思う。

それまで、私が見たことのないルックスに、時に激しく時に悲しく奏でるサウンドは刺激的であった。バンドブームの最中であり、X JAPANをはじめ様々なヴィジュアル系バンドが現れ、テレビでも多く取り上げられ、路上では代表的な原宿のホコ天などと正にバンドの時代だった。私も様々なバンドに夢中になって思春期を過ごした。高校生になると、ライブに行くためにバイトする日々だった。学校を卒業すると就職せずフリーターでライブの日々。この頃は邦楽がほとんどだったが多くのライブを見に行ったものです。

 

ロックスター

この頃私が好きだったバンドマンに強く影響を与えた人物として名が挙げられる中の一人が、デヴィッド・ボウイだろう。‥と言っても残念ながら、当時の私にはあまり響いていない。

だが、改めて彼の歴史をたどると多くの人々が彼に魅了されていたと今更ながらに思う。

彼は正真正銘、光輝くロックスター。その年代で、全く違うヴィジュアルにサウンド。常に時代の先を行き、人々は彼に憧れ男女ともに魅了した。病に倒れ活動休止する期間はあったものの、亡くなる直前まで彼はデヴィッド・ボウイであることを貫き通した。

「時分の花」を経て「まことの花」であったロックスター DAVID BOWIE 

私が好きな曲を載せておきます♪

 


David Bowie - Ashes To Ashes (Official)

30代前半「時分の花」の頃。

 


David Bowie - Slow Burn (unreleased official full video)

50代半ばのボウイ。

 

まとめ

デヴィッド・ボウイ親日家で有名で、京都に何度も訪れたそうです。

日本の伝統芸能にも興味を持ち影響を受けたようですね。歌舞伎との関わりは文献で少々目にしましたが、能楽についての詳しい記述はみつけられなかった。

 

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ちなみに、レポートや卒業論文を書くときはよく『Slow Brun』も入っているAlbum『HEATHEN』を聞きました。このアルバムを聞きながらだと時間を忘れ集中して作業が進んだのです。お気に入りのアルバムです。

しかし、能楽部分を書くときはやはり能楽囃子の方がよく、能楽能楽囃子のCDを聞いて、ロックはボウイを聞いてをループしてとなかなか忙しい感じでしたね(笑)

 


 

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